「逍遥遊」
逍遥精神というのは、全ての欲望を捨てて悠々自適するときに享有できる自由として、現実を観照して肯定出来る達観の境地。
2008年6月17日、オークランドはWest Grand Ave.にあるロフトの三階で、天窓から差し込む月明かりの中で午前0時の瞬間をベッドで共にしたのは、映画「Match Point」。スカーレットヨハンソンとの禁じられた愛に羨望を抱きながら、24歳の誕生日を迎える。
2008年は、アート集団SIR(Surreality in Reality = 現実の中の非現実)を始めた記念すべき年でもある。全ては、私が思いつきでかけた電話から始まった。
ただ「日本」というカルチャーと海外とを繋ぐ文化の架け橋となりたい、まわりの個性溢れるアーティスト達が自由にそれぞれの世界を表現出来る場を作りたい、そしてそれをより多くの人々と共有したいとずっと自分の中で暖めて来た思いから、周りの友人達を巻き込んで開催にこぎ着けた第一回目のショー「現実の中の非現実」。第一回目の打ち上げで、これからも集団としてショーを続けたいとの声。予期していなかっただけに、嬉しかった。がむしゃらに突っ走って、いっぱいいっぱいになったこともあった。そんな時に励ましてくれた友達、手伝ってくれた友達。私は贅沢だ。こんな熱い同志に囲まれて、私の人生は最高に贅沢。
この夏は、忙しいサマークラスを乗り切りながら、SIRでの第2回目のショー「SAI」を開催。ライブペイントユニットGravity Freeとの出逢いと共演から学ぶ事も多く、いい時間を過ごした。
そして残りの夏は日本へ余暇帰国。地元札幌で、初の書道個展を開く。テキスタイルデザイナー紘子ちゃん、デザイナー圭子、ファッションデザイナー木口さんと一緒に開催したワークショップでは、自然の染料を使って染め上げた手作りの布で、オリジナルの小物を作る過程を楽しんだ。布を洗って、染まった色をみて、心があったかくなった。自然の恵みのなかで、私達は生かされている。
自分の故郷で開く個展、重みは十分にあった。いい再会、新たな出逢いも沢山あった。この時に出逢ったライブドローイング絵師藤谷康晴くんは、後に2009年のSIRのイベントに参加する事となる。
個展の後、妹の悠生と直島へ旅行に出かける。瀬戸内海に浮かぶこの島で、古き良き日本の伝統家屋、瓦屋根とやさしいおじいちゃんおばあちゃん達、そして自然の中に点在する現代芸術のありかたを体感する。
この年は久しぶりにRising Sun Rock Festivalに参加。あつし、だいちゃん、さなちゃんとキャンプをしながら、北海道のうまいものといい音楽を贅沢に楽しむ。東京スカパラダイスオーケストラをバックに、だんだん地平線から昇る橙色の朝日を全身で浴びる。こうして忘れ難い瞬間と、ゆったりした時間を過ごして、改めて思うこと。
好きです北海道。
アメリカへ帰って来て、SIRとしてのショーを四季ごとに開催。秋「頁」、冬「Colorless Spectrum」、ロゴコンペ「HELLA LOGOS!!」、春「WATER」。継続は力なりだということは書道を継続する事から学んでは来たが、人とともに動くことを継続して行くことの難しさと、同時に倍増する喜びを再痛感。毎回新たな顔ぶれがあり、面白い化学反応があって毎回刺激的だ。文字通り「諸行無常」、人々は入って来ては去って行く。出逢いがあれば、別れもある。5年もアメリカにいると、長くアートや音楽を一緒に楽しんで来た友達が、帰国や移動で離れていくタイミングなのが今年だった。淋しいけれど、でも離れていても繋がっていられることに感謝。やはりテクノロジー時代の恩恵なくして、この形態はあり得ないのかもしれない。
個人的な活動では、フリーランスで書道の作品制作依頼もあり、新たなフィールドを試して行く素敵な機会を多く貰った。紀伊国屋でのバナー制作、レストランのロゴ制作など、自分の技術が試されると同時に、今の自分に何が足りないのか、何を追求して行かなければ行けないのかを見つめ直す事が出来た。
2009年春、大学卒業。5年間に渡るアメリカでの学生生活にピリオドを打とうとしている。沈思。そしてそのピリオドを打つ前に、バークレーにあるGuerilla Cafeで学生最後の個展を開く。「• と ー」(点と線)と題したこのインスタレーションは、現時点での私の書道に対する哲学を具現化するものとなる。その哲学はまた追記する。
この一年は、自分にとって書道とはなんであるかを見つめ直す大きな一年となった。現代書道と呼ばれるそれを逸脱したく、形式にとらわれず、様々な形で書道を表現方法のひとつとし、思い描いたものを形にして来た。まだまだこの「文字」と「筆」には、可能性がある。出来る事は無限大。そしてそれを次世代に受け継いで行く。
2009年6月17日、緑に囲まれたRockridgeの平屋で、毎朝のように窓をコンコンとつつく小鳥達、天真爛漫に庭を駆け回るリス達と共に、25歳の誕生日を迎える。